Mirage(1)

人より早く前に出るためには人より遅くブレーキングするしかない。それは死への恐怖との戦いである。って言ってたのは確かバリバリ伝説だったよな。今俺は久々それを感じている。いい歳こいて俺もよくやるよ。今になって恥ずかしくなってきた。赤の4速スターレット、しかも重ステ。学生時代に乗っていたやつだ。まさか、10年以上経ってまたこいつに乗って山下りするとは思ってもなかった。恥ずかしくても負けるわけにはいかないから、バリ伝のブレーキングをするしかない。どこでする?前のミラージュもまあまあやるほうだが、騒ぐほどではない。今回、俺がやる必要があったのか?まあでも仕方がない。やってしまった以上は負けるわけにはいかない。いつでもいける。が、簡単に先のS字で並んで鼻を突っ込むのがいいだろう。1つ前の右の立ち上がりでぶつけるつもりで張り付かなければない。非力なスターレットでは加速は厳しが下りなのでパワーよりも度胸とタイヤとアスファルトとの接地面を探る研ぎ澄まされた感覚がものをいう。自然とアドレナリンがわいてきて腰が痛くなる。立ち上がりが鈍らないように少し抑え目でコーナーに突っ込み、早めのアクセルオープンを敢行。思い通りにケツにつくことができた。次の左はアウトから少しかぶせて突っ込めば、すぐの右に入るときにはインを抑えられるはずだ。

まずは左、かなりビビるが自分の感覚を信じてアウトからかぶせに行く。少しオーバースピード気味なので、立ち上がりは鈍るがすぐ右のインに入るので、鈍り気味のほうが都合がよい。若干ケツをクイックに流し向きを変えれば、あとは相手のラインをふさぎながら立ち上がるだけである。が、なんと相手は立ち上がりの加速直後にサイドからぶつけてきた。

一瞬状況が呑み込めなかったが、直ちに理解できた。同時に今回の件をなぜ俺に依頼してきたのかも読めた。要は相手はそういう奴なのだ。皆、自身のマシンは大事だ。負けたくはないし、マシンは傷つけたくない。それで俺なのだ。俺のマシンなのだ。確かに学生時代は、このマシンでだいぶ無茶もしたし、マシンもボロボロにしてしまった。でも、だからこそ、感覚を鋭くすることができたし、いろんなシチュエーションを経験し、自分なりの対処法を身に着けることができた。おっさんの考えかもしれないが、マシンを過度に大事にしすぎていてはいつまでたっても速くはなれない。

そんなことを考えているよりまずは今をどうするかだ。おそらく相手の奴はいままで負けそうになったらいつもこの手を使っていたのだろう。そうすれば、相手が引く、少なくとも及び腰になる。それがお前の哲学だ。だが、マシンを過度に大事にするお坊ちゃん走り屋には通用してもこのおっさんには通用しないことを今からじっくり、いや一瞬で教えてやる。

ケツがミラージュで流れないようにしてくれているのであれば、目一杯オーバーステア―で加速し、相手を後ろ後方に弾き飛ばして最高の立ち上がりをするだけである。愛機に傷はつくが、やむを得ない。安月給でまた直してやるから我慢しろ。

アクセルをワイドオープンし、ミラージュをアウトに押し付けながら、立ち上がる。気を付けることは相手がビビッて引く瞬間を見極めることである。誤ると大スピンをしてしまう。